晴好大通りバックナンバートップ
>第1回 〜弥平さんの心意気〜
記憶にとどめておきたい
歴史のエピソードがある。
春吉にはこんな話があるそうだ。
〜弥平さんの心意気〜
今
から約150年前の幕末のこと。春吉に藩の要人で、大地主の豪農・稲光弥平さんという人が住んでいた。 那珂川は現在より水かさは多く、住吉神社のある住吉と春吉とを結ぶ住吉橋(参宮橋とも呼ばれていた)は当時、しばしば洪水に 見舞われて破損、流失を繰り返していたという。橋は住吉宮に参拝する人達や商いをする町民らの日常生活にとって欠かせない大切な 橋だった。
洪
水がおこると橋が壊れて対岸に渡れなくなる。藩も財政が苦しくなかなか直してくれない。そこで、 「村のために、なんとかして流失しない橋ができないか」と弥平さんが一肌脱ぐことに。 思案した結果、川の中央部分に島を作れば、水の流れがニ分されて緩やかになるのではとひらめく。 私財を投じた。そして川の真ん中に中の島を作った。するとそれ以降、洪水がきても橋は壊れなくなった。
記
念に弥平さんは大きな石を見つけてきて表面に碑文を彫った。概略すれば「稲光弥平、洪水を憂い、安政2(1855)年、 中の島を築いた」というシンプルな内容。しかし、せっかく彫ったのに、なぜかその石を誰にも気付かれないよう中ノ島に埋めて しまったのだ。
明
治、大正時代を経て昭和5(1930)年に鉄筋コンクリートの橋にするため中の島が取り除かれた時、地中深 くに眠っていたその石碑が発見された。75年ぶりに日の目を見たのだ。弥平さんの功績を称えて、その石碑は 記念碑として住吉橋のたもとに設置された。
春
吉地区がいま注目を集めている。親不孝通りから、西通り、大名、今泉と変遷してきた若者の流入が加速。 古民家に混じってお洒落な店が目立ってきた。最近は夜、通りを歩くとジャズやブルースの音色が風にのって聞こえてくる ようになった。ワンルームマンションが建ち、一人暮らしの住民が増えた。来年には地下鉄七隈線が開通する。 近隣に新しい駅ができ、開発が進めば人の流れが変わり、春吉を含む天神南地区は賑やかになりそうだ。 時の流れとともに街も人も確実に変わっていく。
一
方で、ずっと「変わらないもの」もある。それはたとえば弥平さんの残した石だ。いや、石そのものではなく、彼が 村のためを思って島や橋を作り、せっかく碑文も彫ったのに自らの功績を誇ることもなく、それを地中に埋めてしまった という歴史的事実。志の潔さ、というか心意気である。彼はおそらく、碑文を彫っているうちに名前を残すとかそんなことは もうどうでもよくなってしまったのかもしれない。「村の人たちが喜んでいる。それを見たら自分も嬉しい。ただそれだけで いいじゃないか」と。
今
も住吉橋のたもとに残されている石碑の前に佇みながら、弥平さんのような心意気を大切にできたらいいなと思った。 時を越えて、その心意気はこれから春吉で町おこしをする人たちの胸に架けられているようにも思えた。
(寄稿/フリーランスライター・西松宏)
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