過去、現在そしてこれからの春吉の魅力を語るコラム
様々な方が春吉への思いを熱く語るインタビューです
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春吉のイメージ写真と編集後記
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あっぱれ晴好バックナンバートップ>第1回 門田提灯店
 

第1回
「昭和の春吉を照らす
       提灯職人登場!」

  〜 門田提灯店 〜

▲店内に下がる作品。オーダーは2000円から受け付けている
000を超える家紋と幾百通りもの字体を描き分けるゴッドハンドを持った提灯職人がいる―― 1年前から潜入させていたスパイからそんな情報をキャッチしたオイラは、早速、春吉大通り沿いにある 「門田提灯店」に向かった。
「提灯は斜陽産業やけんねー。それでも取材すると?」。あいさつもほどほどに、そんなカウンターパンチを食らわすファンキーな門田昭三さんは、訊けば、昭和ヒトケタ生まれ。御歳76歳を迎える門田のオヤジさん (敬愛を込めて、こう呼ばせてください)は、生まれてこのかた、ずーっと春吉住まいというチャキチャキの春吉っ子だ。
言葉を換えれば、仙人・・・いや、「生き字引き」だが、50代半ばと言われても信じてしまうほど若々しい。それもそのはず、およそ30年間、消防署で勤め上げた経歴を持つ肉体派なのだ。
今も消防春吉分団長として活躍している。 眼光はスルドク、口数は少ない。会話を交わすうちに、職人らしい朴訥な人柄に惹き込まれてしまう。 お祭り、神社仏閣、お盆をはじめとした仏事、飲み屋の店先などで今でも重宝されている提灯。 1説には500を超えるといわれる種類と様式は、つくる土地によって実に様々である。提灯が家庭用の照明具として 庶民に定着したのは江戸時代初め。生活に不可欠なその照明具は、やがて、夜に外出する時の携帯用の明かりとして、 商店の店先に目印として使われるようになるという歴史をたどる。

電化の時代がやってきた!どーするの提灯!

和30年代までは、博多には数多くの提灯店があったそうだ。高度経済成長期を迎え、庶民の生活が欧米化するとともに、 電気照明器具が普及。提灯の灯りは次々と消え、職人の数も減っていった。「やっぱり懐中電灯の登場が大打撃やった。ばってんね、懐中電灯には電池が必要やろ?しかも、いざという 時に限って電池が切れとろーが。緊急時には携帯用のこの弓張提灯がよかね。畳んだ提灯のなかにマッチと ロウソクを入れとったら、100年でも使えるやろ? ただし、置いた場所を忘れんどけばね(笑)」。
上川端通り商店街の一角にある創業明治28年の老舗「門田提灯店」はオヤジさんの親戚が営む店だ。昭和
▲型をとり形をととのえる
20年代、戦後の復興とともに提灯のニーズが高まる。そんな折、上川端で提灯づくりを手伝いはじめたのがオヤジさんの職人デビューだ。
そこで、およそ10年間提灯づくりに携わる。その後、消防署に就職。定年退職後、春吉の自宅で提灯づくりをはじめた。
やがて時代は昭和から平成へ。現在、手づくりの提灯店は福岡市に4店しかないという。注文にあった木型を組んで竹ひごを巻き、 和紙を貼って筆を入れる。材料にこだわり、その技術を余すことなく発揮する。これが昭和半ばまでの当たり前の提灯づくりだった。
が、今や、光源はろうそくから電球へ変化し、骨は竹ひごからワイヤーや針金に。張り紙も和紙から長持ちするビニールが主流となってきているという。 海外で大量生産させたものを日本に輸入している業者も多い。
冴えわたるフリーハンド!手先が器用とはこのことだ!

んな時代の流れを反映してか、最近では文字入れや絵付けだけを頼まれることが増えているそうだ。門田のオヤジさんはフリーハンドで今でも年に500ほどの提灯を仕上げている。もちろん木型を組んではじめ手がけることも。注文の大きさにもよるが、手づくりで1日に10個仕上げることができる凄腕の持ち主なのだ。
▲一点、一点入念に仕上げる
年季の入った「ぶんまわし(コンパス)」、腰の慣れた50本ほどの「筆」、京都産の「極上削り墨」、墨を作る「すり鉢」と「すりこぎ」、ラフを描くための「柳墨」、 数々の傷と朱が入った「木型」、佐賀県名尾産の「和紙」 、制作途中の数々の「提灯」・・・門田のオヤジさんは、 まるでご自分の分身のように道具や材料をオイラに手渡す。歴史の重みと職人のこだわりを目の当たりにしたオイラは、つい「提灯づくりがイヤになったことはありませんか?」なんて、不躾な質問をぶつけてしまった。
「まぁ、消防署を定年退職して、暇つぶしの気持ちで始めたっちゃけど(笑)。気が付いたら、20年になっとーけんね。 そりゃ何度も辞めようと思ったくさ。ばってん、人様に頼み込まれたら辞められんやろ?」
そういえば、伝統的な技術を必要とする商品の大量生産は高度な機械化が進んだ現在でも難しいらしい。 いくら機械化してもその根幹では職人の技術とカンが必要になる、と最近ある物の本で読んだ。 いろんなジャンルの職人の数が減っている現状を鑑みると、日本のモノづくりに明るい将来はあるのか・・・ (オイラの妄想。この間およそ0.1秒)。
様変わりする春吉。 オヤジさん、ちょっと、もの申す

イラの妄想をよそに、オヤジさんは「この街もずいぶん変わったばい。昔は柳橋に遊郭がいっぱいあったしね。 昭和30年代までは本当に便利な街やった。日用品、大工、左官、板金工、古物商、角打ち、一膳メシ・・・春吉には何でも 揃っとった。それがくさ、マンションの建設ラッシュが始まった昭和40年代から街の顔が変わったったい。今では深夜営業の飲食店ばかりが増えて、『夜の街』になりよる。うるさくて眠れん!」と一喝。このままどんどん語気が荒くなっていってしまうのかなぁ、とオヤジさんに弱気なまなざしを向ける。オイラがグウの音も出ないと見て悟ると「まぁ、それは商売やけんしょうがなかろうけど、若い人にはもっと地域ボランティアに参加して欲しかね。だって、コミュニティがしっかりしてないと魅力ある街にはならんやろ?ね?」と優しい笑顔と言葉。 嗚呼!アメとムチ作戦ですね、オヤジさん。おっしゃることは、ごもっともでございます。
最近、店先の公道に立看板を出している飲食店が多い。あれは厳密にいえば違法なので、経営者のみなさん店先には提灯をぶら下げましょう!メニューを書いた提灯なんて、とってもオシャレでしょ?まずは春吉から「提灯ぶらぶら運動」を スタートしようではありませんか!制作はもちろん、門田のオヤジさんにお願いしましょう!

百聞は一見にしかず。 いざ門田提灯店!

▲連れ添って50年、今年金婚式を迎えた奥様とツーショット
あっぱれ晴好バックナンバー
田提灯店に並ぶ色々な形の手づくり提灯。
「この仕事はかなりの根気が必要やね」と言うオヤジさんの精魂込めた作品は、模様や色彩が実に鮮やか。みなさん、ぜひ足を運んで自分の眼で確かめていただきたい。その提灯だけでなく、オヤジさんの人柄にも魅了されること間違いなし。
伝統文化を支える骨太な職人が、ここ春吉にもまだしっかりと息づいているのだ。
(取材/文 くりしん)


※おことわり

ガンコ職人というイメージを少し抱いてしまった読者もいらっしゃるかと思いますが、本当に穏和で優しいのです、オヤジさんは。 思い切ってあなただけの提灯をオーダーしてみてください。

<門田提灯店>
住所 :春吉2丁目1-6  電話 :092・741・1107 
営業時間 :朝9時〜夜10時  休み :年中無休  
駐車場 :なし

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