学びの輪 晴好夜学

晴好夜学では毎回人生の達人を招いて、達人達の思う“よかまち” ”よかひと”についてお話をうかがいます。

晴好夜学 第20回「これからの春吉そして福岡のみらいは」

吉田 宏さん

日時:2014年10月7日(火)

会場:建立寺

講師:吉田 宏さん

昭和31年9月18日 福岡生まれ。幼少期を現在の博多区吉塚で過ごす。鹿児島ラ・サール学園高校、慶応義塾大学経済学部卒業後、西日本新聞社に入社。平成18年 11月、福岡市長選で初当選し、辞任後は三菱総合研究所客員研究員を務め、ミャンマーやベトナムなどアジア各国を視察・研究。福祉NPO法人の理事として活動している。

西日本新聞社勤務時代には、夜遅くまでの仕事を終えてから春吉にちょくちょく足を運んでいたという吉田さん。「昔の佇まいや暮らしの匂いが残る町・春吉が大好きです」との挨拶にはじまり、春吉ファンとしての見地から、また、福岡市長の経験を通じて得られた見解から、「まちづくり」への思いを語ってくれた。

まちづくりに必要な生活者の視点

吉田 宏さん

150万都市福岡。特に最近では、アジアの玄関口、創業特区、住みやすい都市世界第12位(英モノクル誌)……などなど、さまざまな角度からさまざまな形で注目を浴びることが増えた。

「都市というのはいろんな顔を持っている。福岡で150万人を支えるベースとなっているのは商業です。根強い文化や博多の町の歴史も残り、そこに新しい都市としての魅力が加わってみなさんを惹きつけている。商業の流通という点でも、九州中の人やものが集まってくるし、その仕掛けの上に成り立っています」と吉田さん。

 確かに、福岡という街を客観的に見てみると、とても賑やかで常に情報やモノが溢れているという印象を受ける。であるが故に、言い方を変えれば、この土地に「暮らしている」「根付いている」という意識が希薄でも、不便なく都市生活を送ることができるのではないだろうか

吉田さん自身、新聞記者として働いていた頃は職業柄、自分がまちづくりの主体になるわけではなく、世の中や都市がどんな風に動いているかを客観的に捉えることに重きを置いていたという。しかし、福岡市長として「まちをつくる」という任務を抱えた時、長く住んでいても実は知らないことが多いということに気づいたのだそうだ。

たとえば、春吉のような町の碁盤の目の隅々で何が起きているのか、そこに住んで町を深く愛しながら暮らしている人が、どのようにまちづくりに関わっているのか、頭では分かっているつもりだが、どうしても生活者としての視点が欠けていた。「そういういうものの集積の上でのまちづくりなのだから、自分は上滑りなものの見方をしていたのではないかな、と。生活感が希薄なまま、すべてを司らなければならない市長という役に就いたので、わからないこともあり、力不足を反省する4年間でした」。

エネルギーの担い手は、『若者、よそもの、ばかもの』

吉田 宏さん

前段の「身近さ」は、実は本題にも言えること。「春吉は福岡の防波堤となれるのかどうか、それは個々人の街との関わり方の意識によるところが大きい。

市長辞任後はその反省も踏まえ、まちづくりの参考となる国内外のさまざまな場所を訪れ、地元の人々と意見を交わしてきたという吉田さん。なかでも印象的だったのは金沢だという。

「金沢は、古い町並みを残すことにとても誇りを持っています。自分たちが北陸において文化の中心地であると自覚し、お茶や友禅の世界など、きちんと残すべきものを街の中に残している。一方で、伝統文化と新しい技術を組み合わせるなどの試みも盛んで、国内だけでなくアジアへの発信も意識していますね」。

2015年春には新幹線も開通予定で、東京からの集客の増加も予想される金沢。「自分たちのまちが全国的にも注目されているんだ」という意識が、新しいまちづくりへの意欲に密接につながっているのだろう。

また、福岡でも大なり小なり、ムーブメントは起こっている。たとえば、九州大学の糸島への移転により、まちが様変わりすると言われる箱崎。歴史ある町屋を生かしたプロジェクトや景観の保護への働きかけなど、新しいアイデアがどんどん誕生しているという。「まちおこしには大変なエネルギーがいるわけですが、そのエネルギーを出すのは『若者、よそもの、ばかもの』と言われています。若者の行動力、外部からの視点とアイデア、そしてバカになりきって『このまちを盛り上げたい!』という熱い思い。一途になれる人がどれだけいるか、が大切な要素です」。

金沢や箱崎では、この3つの力がうまく作用しているに違いない。では、自分たちはどうなのだろう…。春吉に置き換えて思考を巡らせる参加者たち。

春吉の魅力と課題

吉田 宏さん

「春吉はある意味、特殊性をもった、非常に稀な町だと思っています。都会の機能がある中で、ぽこっと真ん中に残っている奇跡的な場所。これだけの規模であって、これだけの町並み、町のつくりとして残っているという事は、福岡の街の魅力を作りだす大事な要素を担っているのではないでしょうか」。さらに行政の視点から、吉田さんは話を続ける。

「全体をどうしていこうというハッキリとしたビジョンは、行政としては作り切れていないのではないかと私は思います。金沢では、景観を守るために非常に厳しい規制が敷かれていますが、春吉は街の真ん中であるだけに、規制がかけにくい場所でもある。商業的な集積もあり、町並み保護という方向性からだけ規制をかけて今の雰囲気を守るというのが難しい」。確かに、ここ数年でも春吉の町並みは徐々に変わりつつある。マンションが増え、通りが整備され、まだまだ昔ながらの佇まいは残しているものの、全体の統一感は薄れていっているのかもしれない。

未だ夜のイメージが強い春吉にとって、昼間にどうやって人を呼び込んでいくかが課題なのでは、と吉田さんは続ける。「せっかくある柳橋連合市場も、うまく生かし切れていないのではないでしょうか。銭湯も未だ顕在だし、お寺や袋小路も多く面白い町並みです。春吉に期待したいのは、この地域に住んでいる、この地域を愛している人の気持ちが、入っただけで感じられるような町をつくる、ということ。条例ではありませんが、『春吉を大切にしたいよね』といった暗黙のルールで捉えていく工夫がどこかにないか、と考えています」。

目に見える景観だけではなく、「春吉」というひとつの文化・存在を作りあげていくこと。それが、春吉が春吉として生き続けていくことができる道なのかもしれない。

変革と保持。そのバランスが大切。

「今、東京は劇的な変化を見せています。特に大手町や丸の内は、ビルのオーナーも含む街全体が一丸となって改革に踏み切っている。福岡、特に天神はもっと変わっていかないとアジアの都市との競争に打ち勝つことはできません」。残すものは残しながら新たな魅力を付加していくことが重要だと言う。

「春吉は大都会の中の心の拠りどころとして残っていってほしい。この存在を消してしまってはいけないという意識で取り組んでいけば、さらにいいアイデアも生まれるのではないでしょうか。私も一緒に関わりながら、考えていけたらと思います」。強靭なサポーターの、頼もしいひと言。実行委員の面々も、これからさらに一途な「ばかもの」を目指してまちづくりに取り組んでいこうと、再確認することができたに違いない。

(文:吉野友紀   写真:比田勝 大直)